2024-02-28


第11回 まとめ


最善を尽くして颯爽たれ


 1年間続けたセミナーも今回が最終回です。演奏のために必要な奏法、楽器のコントロールの方法など解説してきました。しかしこれらのことはテクニックの一つに過ぎません。演奏するというのは自分の心の中にある感情を音楽に換え、表現し、人に伝える一つの手段なのです。一番大切なのは自分の心の中にある感情、そして音楽です。その表現したい事をトロンボーンという媒体を使用しているだけです。
 テクニックをいくら磨いても心の中の音楽が貧弱ならば音楽は人には伝わりません。反対に心の中の音楽がいくら豊潤でも、楽器をコントロールするテクニックがなければ音楽は人には伝わりません。ワープロがいくら早く正確に打てても、感動できる文章が書けないのと同じです。
 先に心の中の音楽を豊潤にするとテクニックの目標ができ、充実した無駄の無い練習ができます。音楽を豊潤にするには毎号書いていますがプロの演奏を聴くのが1ばんです。

才能とは1%の資質と音楽に打ち込む99%の熱意だ

「最善を尽くして颯爽たれ」
 この言葉は私の母校、茨城県立多賀高等学校の校訓です。私が練習する時や本番に臨む時にいつも考えていることで、演奏活動する上で大きなテーマであり、メンタルトレーニングに通じる言葉でもあります。

本番に向けて最善を尽くすのは当然ですが、どこまで練習すれば、調べれば、最善なのか終りがありません。その終わりのない作業を本番までの限られた時間の中でします。何度か本番を重ねるうちにその知識が教養になり練習が実力になって、音楽を愛する人間として充実していきます。

知識を付ける


 例えばあるオーケストラ曲の吹奏楽アレンジ版を演奏するとします。まずどんな曲か知り、イメージを高めます。そのためにCDを聴きますが、吹奏楽版はもちろん、原曲のオーケストラ版も最低2種類は聴くべきです。それはアレンジャーの考え一つで元のフレーズが違う楽器で演奏されたり、消されたり、新しいフレーズが書き足されたりし、原曲とまったく違う曲になっている場合があるからです。CDだけでなくフルスコアも読めば一層効果的です。
 アレンジの問題だけでなく弦楽器の音色や弦楽器とブレンドする管、打楽器の音色を聴きとり、イメージを高めるのも必要です。  クラッシック音楽の大半の根底には宗教(主にキリスト教)の教えが流れています。特に宗教曲(ミサ曲など)ではその宗教の教え、背景、歴史など調べていくと、何でもない四分音符などに重要な意味が含まれていることに気が付きます(A.リードのエルサレム賛歌の冒頭の部分など)。聖書を読みその教えを知っておくのも一つの方法です。
 我々演奏家は音符を譜面通りに並べるのは当然で、その曲に潜む作曲家の考え、想い、魂を理解し、表現しようと目指しています。それには上記の事柄が知識として必要不可欠なのです。そしてそれらが重なり合ってイメージが高まっていきます。

テクニックをつける


知識が付きイメージができ上がったらそのイメージにふさわしい音色、テクニックを付けるために練習します。効率の良い練習をするためにウォームアップ、練習、トレーニングを分けて考えましょう。5月号にも同じ事を書きましたが大切なのでもう一度書きます。

ウォームアップ・・・眠っている体の細胞を目覚めさせ練習できる状態にする事で、7分~10分で体は目覚めます。リップスラーやタンギングなどのデイリートレーニングと混同しないで下さい。サッカー選手で言う準備体操、ストレッチです。

練習・・・この練習は大きく3つに分けられます。音符を楽譜通り並べられるようにする練習、本番に向けた練習とイメージトレーニングです。
 まず、音符を楽譜通り並べられるようにする練習です。楽譜通りと言うのは、音符の長さ(テヌート、スタッカート、余韻など)を統一したりアタックの強さ加減、スラー、強弱、楽語など楽譜に書かれている情報を全て正確に再現することです。個人、パート、セクション、などできるように練習します。サッカー選手で言うとボールを蹴ったりパスしたりする事です。
 本番に向けた練習は並べられた音符をいかに音楽的に演奏するか、ペース配分など人前で演奏することを想定した音楽造りをします。サッカー選手で言うと戦術を立てたり実戦の練習です。
 イメージトレーニングは自分の演奏、音楽の流れなどを頭の中でできるだけ具体的に細かくイメージします。この時は成功することだけを考え、音をはずす、間違えるなどマイナスのイメージは考えないようにします。メンタルトレーニングも併せてするとより効果的です。

トレーニング・・・上記の練習でできない部分をピンポイントで鍛える事です。皆さんが何気なく吹いているリップスラーやタンギングなどのデイリートレーニングはここに含まれ、このセミナーで練習法を解説してきました。これは一人でする孤独な作業で、繰り返し練習します。サッカー選手で言う筋力トレーニングやランニングなどボールを使わない練習です。

 以上の練習を毎日積み重ねれば素晴しいプレイヤーに成長するでしょう。
 自分は毎日一生懸命練習しているが才能がないと嘆いている人もいると思います。私もその一人でした。しかし次の言葉を聞いてからは気持ちが楽になりました。

本番は颯爽と自信と誇りを持って臨もう


 限られた時間の中で最善を尽くしたら、もうする事は何もありません。本番では颯爽と、自信と誇りを持って音楽を楽しみながら演奏しましょう。

演奏以外での本番の注意点


 ステージに立ち人前で演奏するのですから服装には十分気を使いましょう。目から入る情報も生演奏には重要な要素です。
 食事も大切です。お腹がすくと集中できませんし音もふらついてしまいます。体に栄養がすぐ吸収され、持続しやすい食事をとれば安心です。例えばパスタ、バナナや、チョコレート(吸収の速い糖質は集中力の低下を防ぐ)などです。
 そろそろ花粉症の季節ですが(私も苦しんでいます)飲み薬に注意しましょう。薬の中には集中力を妨げたり唇の粘膜や、神経を鈍感にする作用のものがあります。薬剤師に相談して下さい。私は本番前にはできるだけ薬を飲まないようにしています。  

指導者へのお願い


 中高校生の演奏を聴いていると、音楽を感じていない、指揮法を勉強していない指導者がとても多いのに驚きます。元々子供達は白紙の状態で、彼等の持っている能力はほぼ同じと考えてます。そこで演奏の差が生じるのは指導者の勉強度合の差が原因の一つと考えられます。我々演奏家も音楽を感じられない指揮者で演奏するととても苦痛を感じます。サッカーでただ走れ走れと言う監督のチームが勝てないのと同じです。
 また楽譜のコピーは犯罪であるという著作権、知的所有権についても、もっと理解し、指導するべきです。

最後に・・


 このセミナーを読んで下さった読者の皆さん。私は全国各地で演奏しています。私だと気が付いた方は気軽に声を掛けて下さい。きっとそれが私のエネルギー、勇気になるでしょう。
 最後になりましたが執筆するにあたり協力して下さった友人のトロンボーン奏者の皆さん、私の色々な要望、わがままに快く応じてくれた編集部の鎌田小太郎氏にこの場をお借りして感謝申し上げます。
 ありがとうございました。

参考文献(1998.5月号~1999.2月号)


石桁真礼生ほか「楽典・理論と実習」音楽之友社
千野直邦 尾中普子「著作権法の解説」一橋出版
レオ・コフラー「呼吸の理論と実際」シンフォニア
デニス・ウイック「トロンボーンのテクニック」音楽之友社
門馬直美「西洋音楽史概説」春秋社
グラウト「西洋音楽史」音楽之友社
最相葉月「絶対音感」小学館
石井慎二編集「スポーツ科学・読本」宝島社
「新音楽辞典」音楽之友社

参考エチュード(1998.5月号~1999.2月号)

ARBAN /Famous Method For Trombone(Carl Fischr)
C.COPPRASH/60Selected Studies For Trombone(Robert King Music Company)
C.VERNON/A Singing Approach to The Trombone(Atlanta Brass Society Press)
BAMBULA/Die Posaune 1~3(Hofmeister)
REMINGTON/Warmups(Accura Music)
J.DOMS/Tonleiter-und Akkord-Studien fur Bass Posaune(Musikverlag J.Doms)
Orchestral Excerpts 1~10(International Music Company)
ハノン/ハノンピアノ教本(全音楽譜出版社)

その他のエチュード・曲集(本文中には載せなかったがお薦めのエチュード・曲集)

エチュード
BLUME/36 Studies for Trombone1~3(International Music Company)
BLUME/36 Studies for Bass Trombone(International Music Company)
J.DOMS/Tonleiter-und Akkord-Studien fur Posaune(Musikverlag J.Doms)

オーケストラの名パッセージ集
J.DOMS/Orchesterstudien fur Posaune(Musikverlag J.Doms)
J.DOMS/Orchesterstudien fur Bass Posaune(Musikverlag J.Doms)

メロディーを演奏するためのエチュード
M.BORDOGNI/43 Bel Canto Studies For Tuba or BassTrombone(Robert King Music Company)
M.BORDOGNI~OSTRANDER/Melodious Etudes for Trombone(Carl Fischr)
M.BORDOGNI~OSTRANDER/Melodious Etudes for Bass Trombone(Carl Fischr)

J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲(全音楽譜出版社)
*楽譜の入手方法は輸入楽譜を扱っている楽器店に相談して下さい。インターネットでも簡単に入手できます。

おすすめCD


  最後のおすすめCDはバス・トロンボーンのソロアルバム。
DOUGLAS YEO/PROCLAMATION (DOYEN DOY CD 055)
BLAIR BOLLINGER/FANCY FREE (d'Note DND1033)
YEOはボストン交響楽団、BOLLINGERはフィラディルフィア管弦楽団のバス・トロンボーン奏者でこの2枚のアルバムは音楽性、テクニック、音色どれをとっても素晴しい。バス・トロンボーンのソロを聴くと音色、テクニックに片寄り、歌が感じられにくかったが、ようやくここまで歌を感じられる演奏が聴けるようになった。このCDを聴いて育った若手プレイヤー達が近い将来、当り前のにバリトン歌手やチェロのように歌えるようになるだろう。その日がとても楽しみだ。